雑踏の交差点で

ビックウェーブに巻き込まれました。

ちょっと立ち止まる話

わたしは、約2年 ある若手俳優を応援していた。

彼は去年の秋に芸能界を引退してしまって、今はもう一般人として生活している。

たまに、いや頻繁に彼のことを思い出しては、いろいろと考える時間があるのだけど、今日はその気持ちを書き起こしてみたくなったので、とりあえずこのブログに残せるだけ残しておきたい。

 

 

彼は、わたしと少し似ている部分と、わたしが憧れる部分、2つで構成されているなあとふと思った。オタク気質で、繊細で、ブログで病んでいる姿を何回か見たことがあったのだが、(自分が繊細だと言いたい訳ではない。まあそこは気にしないでほしい) そこはわたしと似ているのかもしれないという親近感もあった。たくさんの壁にぶつかっていて、人間らしい人間だと感じることが多かった。

 

逆に憧れる部分というのは、芯の強さ、語彙力があっておもしろい文章を書くところ、頭がいいところ。わたしにはきっとピンと通った芯は無いし、毎日読みたくなるような文章を書く力も無い。頭の回転が速かったり、何かしら機転がきくというのも無い。彼は自分の好きなものに自信を持っていたし、好きなものについて話している時は輝いていた。イベントではよく女装をしてたし、女装で講義を受けたこともあったはず。頻繁に更新されるブログではいろいろな言葉を生み出していて、印象に残ったものは紙にメモして何度も読み返すほど、彼の言葉が好きだった。語尾に「み」をつけていた時期もあった。何それかわいい。よく「変わってる」と言われるような不思議な人だったけど、その不思議さが好きだった。いい意味で変わった人だと思っている。今でも。

 

ちょっと話がずれるけど、

わたしが好きになる人(芸能人の類)って、器用で要領が良くて、総合的に頭がいい人が多い。例えば嵐の二宮和也さん。CDを買ったりするわけでもない、コンサートに行くわけでもないただの一般人だけど、テレビでバラエティーを見ているときに思うのは、言い回しがわかりやすい、かつおもしろい ということだったり、ツッコミの鋭さが天才だな、ということだったりする。頭の回転が速いんだ。それはHey! Say! JUMPの伊野尾慧さんにも言えることで、あの方も頭がいいと思っている。あの方は言葉のセンスが良くて、この人コピーライターにでもなれるんじゃないかっていうくらい。番組の企画で自撮りをしたときに、その写真につけるハッシュタグがおもしろいこと!自分にはそういうセンスが無いから、単純に素敵だなあと思ったのは印象に残っている。まあ結論を言うと、二宮さん伊野尾さんみたいな人を見ているときは、憧憬の念を抱くことがとても多い。

 

しかし彼を見ているときは、親近感も憧憬も同時に感じることが多かった。上の2人のように、ストレートな「憧れ」という一つの感情では無くて。器用さと不器用さが入り混じった人だなあと思う。優しくて繊細で、いろいろな言葉に傷ついてきたんだろうなあ 不器用なところが自分と似てるなあと思うこともあったし、自分にはこんなことできないなあ も思うこともあった。自分でも言いたいことがよくわからなくなってきたけど、彼はわたしにとってめずらしい存在だったなあと感じることが多くなってきた。彼がいなくなってからこうして考えることが多くなって、そう思うようになった。自分とは違う部分に憧れていることもあって、自分と似たような部分に親近感を抱くこともあった。だからより魅力的だったのかもしれない。憧れる人はたくさんいるけど、この2つの部分を持っている人は今までいなかったなあと思う。器用なのか不器用なのかわからない、そんなところが好きだったなあと。いや、過去形じゃなくて今でも好きだ。きっとこれからも。

 

 

今はきっと大学でいろいろと頑張ってると思うから、わたしも頑張らなきゃいけない。しんどくなったとき、たまに彼に思いを馳せる。彼は今勉強しているだろうか。はたまた休憩中だろうか。と少し気色の悪いことを考えながら、頑張れと自分に言い聞かせてとりあえずもがいてる。

 

まあ機会というものがあるなら、彼の文章をまた読みたいなと思いますね。ブログをもう一度読みたいとかそういうことじゃなくて(そういうことでもあるけど)、彼がまたどこかで、違った形で、文章を書いてくれたら嬉しいなと。阿久津愼太郎くんの紡ぐ言葉が大好きだからさ~!

 

くどくどと長く書きましたが、今日思ったことでした。読み返してみるとやっぱり読みにくくて引っかかる部分がいくつかあるので、わたしも彼のように素敵な文章が書けるように日々頑張ります。それでは。